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2010年12月25日

今年の一枚

先週は、風邪をひいてしまいまして。39度の熱は出るわ、関節は痛いわで、寝込みました。今回はなぜか、骨に来て、深呼吸すれば肋骨がイデデデ……、寝返りをうてばあちこちの骨や関節が、イデデデ……。

そんな骨痛(?)も、今はウソみたいに回復して、さあ、今年もついに、あと数日となりました!

今年はどんな年だったかなあ、と振り返るに、わたし個人的には「やるぞ!身辺整理&お片づけキャンペーン」に燃えた一年でありました。

とはいえ、もともと、モノにあんまり執着がないタイプなので、収集癖もないし、ブランド物にもまったく興味なし。それなのに、モノって溜まってしまうのよねえ。これぐらい金が溜まってほしいもんだよ、ったく。

で、この一年、ちょびっとづつ、身の回りを整理してきました。うん、結構、スパッと自分の過去に決別して、捨てた、捨てた。そして得たのが、モノを手放す爽快感。そして、足るを知る幸福感。

それでもまだまだ、お片づけする場所はあって、たとえばパソコンの中。ここにも結構、ゴチャゴチャ詰まってるし、他人にのぞかれると恥ずかしいモンも潜んでおるのだ。あ、いえいえ、やらしい画像とか、そんなんとちゃいまっせ。

そうだ、画像といえば、溜まりに溜まった写真を整理しないとぉ〜、とフォルダを開けたら、「おー、こんなこともあったよなあ」「ああ、そうそう、このときは〜」なんて、思い出に浸って、ちぃ〜っとも作業が進まん。

えーい、進まんついでに、ここらで休憩じゃ! お茶をいれて、渋茶をすすりながら、イタリア旅行の写真をながめていて、目にとまったのがこの絶景。わたしの「今年の一枚」です!
チヴィタ・ディ・バニョレージョ

これは、イタリアのローマの北部、ラツィオ州ヴィテルボにある、Civita di Bagnoregio (チヴィタ・ディ・バニョレージョ)という町です。  

イタリアによくある、いわゆる丘上都市の一つですが、ここは「la citta' che muore (死にゆく町)」と言われていました。

17世紀、18世紀と、2度に渡る大地震の被害、そして、過酷な環境と不便な暮らしに、ほとんどの住民が町を出て行き、廃墟の町となってしまったのです。

今でこそ、立派な鉄骨の橋が出来ていますが、昔は石の橋で、交通手段はロバでした。滑らないよう工夫された急斜面の橋を、あえぎながら登って行くと、目の前に、素晴らしいヴィテルボの展望が開けます。

この廃墟の町にも、今は観光客が押し寄せ、土産物屋、レストランもオープンして、もう「廃墟」の名前は返上です。でも、この丘上の町が、空にそびえるように、バーンと目の前に見えたときは、感
動でした。

さてさて、今年一年、このブログにおつきあいくださって、本当にありがとうございました。来年もまた、どうぞよろしくお願いいたします。良いお年をお迎えくださいね。


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2009年07月09日

ローマのぼったくり

先日、ローマの老舗レストランが、日本人観光客に対する詐欺行為で閉鎖されたというニュースを、ネットで見ました。

そのレストランは149年の歴史があり、チャップリンやグレース・ケリーも訪れたことがあるそうな。

「日本語メニューもあって、良心的値段」などと、日本のガイドブックにも紹介されているようです。

日本人観光客のカップルが、そこで昼食を食べて、それに10万円近い代金を払わされたことが、詐欺行為にあたる、ということなんですが。

もちろん、こういうぼったくりレストランは糾弾しなくちゃいけませんが、ちょっと気になったのは、そのカップルが、メニューも見ずに、お任せで料理を頼んだこと。

日本人がぼったくられる話をよく聞くヨーロッパで、こういうことをすれば、「どうぞぼったくってください」と申し出ているようなもんじゃないか、とわたしには思えるのですが……。

これで思い出したのが、5月にローマに行ったときの出来事。うちの父ちゃんとわたしは、ヴァチカンを見たあと、バスに乗ってサンタ・マリア・マッジョーレ教会に、モザイクを見に行きました。

そのあと、暑かったので、教会の広場のすぐ近くにあるカフェ・レストランで、アイスクリームを食べました。

イタリアでは、バーなんかもそうですが、座って飲み食いすると、席料を取られるので、立ち食いよりも値段が高くなるのです。

だから、アイスクリームも、歩きながら食べればいいのですが、そのときは暑くて、疲れて、一休み、という気分だったので、少々値段が高くなるのは承知の上で、オープンテラスのパラソルの下に座って、食べました。

そして、お勘定の段になって、太っちょのおっさんウエイターに請求された値段に、どっひゃ〜!

19ユーロ(約2600円)と言ったのですが、父ちゃんはてっきり9ユーロ(約1200円、それでも高い!)だと思って、払ったら、違う、違う、と。

「多すぎる!!!」
「何が? (アイスクリームの)量が? それとも値段が?」
「値段!」
「ここは、有名な広場なんでね」

てな会話が、父ちゃんとウエイターの間でイタリア語で交わされたのですが、やれやれ、サンタ・マリア・マッジョーレ広場だけに、お値段もマッジョーレ(より大きい)でございました。

【教訓】 イタリアで、ジェラートは、歩きながらペロペロしましょう。


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2009年06月18日

ミケランジェロ 「ピエタ」(2)

ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂にある、ミケランジェロの傑作「ピエタ」。彼が自分の作品に署名した、唯一の彫像です。

聖母マリアの胸のサッシュに、名前が彫られている、というので、撮った写真を拡大してみました。

そうしたら、なんとか読めるんだけど、MICHAELANGELUS のNが、抜けているのです。

ええ〜?! ちょっと待って。自分の名前だよ。
普通、自分の名前のスペルを間違えるぅ?

いったい、どうしたんだ、ミケランジェロ君。何があったのだ?
と、好奇心もりもりのわたしは、調べてみました。そして、こんな情報をみつけました。

               ◇    ◇    ◇

ジョルジョ・ヴァザーリの『画家・彫刻家・建築家列伝』によれば、ピエタの設置を終えてまもないころに「あれは二流彫刻家のクリストフォロ・ソラーリ(Cristoforo Solari)が創ったものだ」という噂がささやかれているのを耳にしたミケランジェロは怒りにかられ、

夜中に教会へ忍び込んでマリアの肩から胸に下がる飾り帯の部分に「MICHAELA[N]GELUS BONAROTUS FLORENTIN[US] FACIEBA[T](フィレンツェの人ミケランジェロ・ブオナローティ作)」と刻み込んだという。

のちにミケランジェロは発作的にこうした行為に出たことを後悔し、それ以後けっして自分の作品に名前を入れようとはしないことを誓った。そのため、『サン・ピエトロのピエタ』は彼がみずから署名を入れた唯一の作品となった。            (ウィキペディアより)

               ◇    ◇    ◇


な〜るほど。そっか、そっか。夜中に教会に忍び込んで、ローソクか何かの乏しい明かりの中で、急いで彫ったんだね。だから、3ヶ所も脱字がある!

でも、いいじゃない、なにもそこまで思いつめなくても……。署名したっていいじゃない、という気がしますが。

まあ、どっちみち、こんな天才の作品は、傑出しているから、署名がなくてもいいのでしょうけれど。


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2009年06月17日

ミケランジェロ 「ピエタ」(1)

ローマのヴァチカンといえば、そうそう、日本のテレビ局の支援で、システィーナ礼拝堂の天井画が修復されたんでしたよね。

そうだ、ミケランジェロのあの有名な天井画を見なくちゃ、と思っていたのに、うちのワンコオヤジときたら、

「天井見るのは首が痛〜い。それよりはサンタ・マリア・マッジョーレ教会のモザイクが見た〜い」とダダをこねるので、あっさりとスルー。

そのかわり、彫刻家のミケランジェロとしては本領発揮の、彫像「ピエタ」を、じっくりと鑑賞しましたぞ。

ダビデ像と並ぶ、彼の最高傑作といわれる彫像です。サン・ピエトロ大聖堂に入って、すぐ右側、防弾ガラスのパネルの中にあります。

ピエタ磔刑に処された後、十字架から降ろされたイエス・キリストを抱く聖母マリア。

この前に立つと、思わず、ため息が出ました。その美しさ、見事な表現力、質感……。
でも、戸惑ったのは、聖母マリアの表情です。

死んだわが子を抱く母の顔に、なんの感情もない。
悲しみも、怒りも、嘆きもない。

ピエタすべてを超越した無表情は、死を超えたスピリチュアルの世界を達観した静寂なのでしょうか。

ミケランジェロは、彫像を制作する際、構想を持たず、ただ素材が命じるままに彫ったといわれています。

そして、これが25歳のときの作品だと知ると、その才能に、畏怖のようなものを感じ、後ずさりしてしまいます。

才能のことを、英語で「ギフト」と言うけれど、まさに神からの贈り物、選ばれし人の天賦の才でしょう。

この像は、ミケランジェロの彫像のなかで、唯一、彼の署名が刻まれています。なぜ、この作品に刻まれているのかというと……

24歳で制作を依頼されたミケランジェロ、翌年の1499年にピエタを完成させます。この傑作によって、彼は名声を確立しました。

ところが、作品の完成度、成熟度に対して、作者の年齢があまりにも若い。「あれを25歳の若者がひとりで作るなんて、ホントかねえ」という声が揚がったのだそうな。

そこで、若きミケランジェロ君、「ホントに僕が作ったんだってば〜!」と、署名を入れたのだそうな。

その署名は、聖母マリアの胸に、肩から斜めにかかっているサッシュに刻まれています。

この像は、防弾ガラスで仕切られていて近寄れないので、肉眼でははっきりと見えません。たぶん、双眼鏡なら見えるけど。

でも、撮った写真をずぉ〜っと拡大して見たら、ハイ、ちゃ〜んと Michaelangelo の署名が……。

あれぇ、ちょっと違うなあ……、おかしいぞォ……?

(この続きはまた明日)


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2009年06月12日

ローマ行き

タルキニアに滞在中に、電車でローマに行きました。なぜ電車かというと、じつは昔、わたしたちは車でローマに行って、駐車中に、泥棒に車のドアのカギを壊されたことがあったからなんです。

だから、レンタカーはやめて、電車にしました。ローマまで約1時間、運賃は往復で一人1600円ぐらい。このチケットで、ローマでのバス、地下鉄にも乗れるから、これは安い!

ピサからのローマ行きの電車が、定刻ドンピシャにホームに入ってきました。へーえ、イタリアの電車も結構ちゃんとしてるやん、と感心してたら、おっと、どっこい!

帰りの電車は、途中の駅で停車したまま、何の説明もないまま、気温34度のなか、クーラーも効かないなか、しっかり50分待たされました。

もっとも、説明されたところでイタリア語わかんないけど、それにしても、「こういう理由で停車しています」、とか、「ご迷惑をおかけしてます」とかのアナウンスぐらい、せんかい!

そのとき、私たちの近くの座席に、中国系アメリカ人が5〜6人、座っていました。時間がたつにつれて、彼らがざわざわしてきたのです。

耳をダンボのように広げて、中国系アメリカ訛りの英語を聞いていると、どうも、彼らは、ローマの近くの、チビタヴェッキアという港に停泊している客船の、乗客らしいのです。

そういえば、ローマに来るときに、電車の窓から、チビタヴェッキアの港が見えたのですが、そこに停泊していたのが、あの世界最大の豪華客船、クィーン・メアリー2世号!

どうやら、彼らはあの乗客らしい。(見た目は、普通のおっちゃんとおばちゃん達で、ぜ〜んぜんハイソな感じじゃなかったぞ)

下船して、ローマに観光に行ったはいいが、帰りの電車が立ち往生。それで、立ったり座ったり、そわそわと、居ても立ってもいられない様子。

なんだ、どうしたと、ますますダンボ耳で聞いていると、電車が遅れて、彼らが予定の時間内に船に帰って来なければ、船は待たずに出航してしまう! というのです。

ええーっ、置いてけぼりくっちゃうの? なんでも、14日間で最低一人40万円とか?の優雅なクルーザーなのに、遅れたら、置いてけぼりかい? さすがは女王様。

早く! 早く動いてよ、この電車! 女王様がお待ちなのよっ!
遅れたら、えらいこっちゃ!

それからは、もう、この中国人グループと船のことが、気になって気になって。

やっと電車が動いて、チビタヴェッキアに着いたとき、おお、港に白い巨大な女王様が! まにあったぁ〜!

ふーっ、やれやれ、と胸をなでおろしたわたしです。( ← アンタ、関係ないやん)


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2009年06月10日

わたしネ、だいたい晴れ女なんですけど、お祭り女(?)でもあるんです。旅行に行くと、偶然に、よくお祭りに出くわすんですよ。

去年、バルセロナに行ったときは、花火大会がありました。でもまあ、花火ってのは、わたしが見た限りでは、日本のものが世界一ではないかと、思ってるんですけど。

思い返すと、これまで出会ったお祭りって、フランスでもあったけど、たいていイタリアなんです。

フィレンツェの街を歩いていたら、いきなり太鼓の音がして、行列がやってきた、とか。トスカーナや、ウンブリアの田舎で、村祭りに遭遇した、とか。てことは、イタリアって、お祭りの多い国なんでしょうかね。

お祭りで、今回も、タルキニアの町で、お祭りがありました。中世の衣装で、馬に乗ってのパレードです。右の写真は、パレードの先頭です。このあと鼓笛隊、騎乗の男女、徒歩の男女と続きます。

ちょっと驚いたのは、この小さな町で、かなり乗馬人口は多いんだなあってこと。小学生ぐらいの子供も、御者なしで、一人で乗っています。パレードの先頭隊では、興奮した馬もいて、ちょっと怖かったけど。

お祭り騎乗の女性も4〜5人いました。いずれも美しい衣装で、右の写真のように、馬のお尻をすっぽり隠す、長い大きなスカートです。これは、中世のドレスがそうなのか、それとも、当時の乗馬服なのかしらん? 

この姿を見て、あのオーストリアの皇妃エリザベトを思い出しました。19世紀の皇妃の写真に、やはりこういうスカートの乗馬服姿があったように思います。

もちろん、パレードだけじゃなくて、ジャウスティング(馬上槍試合)など、他にもお祭りの行事がありました。

でも、パンフレットを見ても、なにしろイタリア語、どこで何があるのかわからず、見逃しました。やっぱり、言葉がわからないと、逃すものも多いです、とほほ。


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2009年06月06日

トカゲとトンボ

ヨーロピアン・グリーンリザードきのうちょっとお話した、ヨーロピアン・グリーンリザード(緑色のトカゲ)。右の写真が、それです。

タルキニアの世界遺産、ネクロポリの丘で、チョロチョロと何度も出てきて、道案内をしてくれたトカゲさんです。

墳墓の入口の石壁にへばりついているところを、パチリ。本当は、全面が緑色の背中からのクローズアップを狙ったのに、草が邪魔して、横からしか撮れなかったのようう。く、く、くちおしい〜!(涙)

また、これとは別の日に、ローマの北西にあるブラッチャーノ湖に行きました。その近くに自然公園があるのですが、そこを流れるモラ川のほとりを歩いていたら、この、青く光るトンボ、デモワゼルに出会いました。(下の写真)

デモワゼルじつはこのトンボは、機会は少ないけど、イギリスでも見ることがあります。そして、フランスではよく見かけます。いずれも、川辺です。

で、このトンボの胴が、まるで金属のような、メタリック塗装!
羽は美しい群青です。

羽を広げているところが撮りたかったのですが、なにしろ、カメラの機能に対して、こっちのテクニックがついていかん! でもでも、そのうち、きっと……。

ヨーロピアン・グリーンリザードも、デモワゼルも、イタリアやフランスの人々にとっては、うんもう、掃いて捨てるほど、どこにでもいるものです。

でも、日本人のわたしにとっては珍しくて、ついつい、追いかけて行って、シャッターを押してしまうのです。その間、黙って辛抱強く待っててくれる父ちゃん、いつもありがとさん。

日本で見ることのない、自然の動植物に出会うのも、わたしにとっては、旅の楽しみのひとつです。


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2009年06月05日

世界遺産・タルキニア

ローマの北西約50kmにあるタルキニアという町に、わたしたちは滞在したのですが、この町は、ユネスコの世界遺産に登録されています。

あ、でも、登録されているのは、町そのものじゃなくて、郊外にあるエトルリア人の遺跡、ネクロポリ(死者の町=墓地)なんです。

エトルリア人は、古代ローマ人よりも古くから、イタリア半島中部に住んでいた先住民族です。ネクロポリから、6000を超える墳墓群(紀元前9世紀〜紀元前1世紀頃のもの)が、発掘され、その一部が一般公開されています。

世界遺産・タルキニア右の写真は、ある墳墓への入口なんですが、柵の手前にある石段(写真では見えませんが)を降りて行くと、入口があります。で、ちょっとこの柵を見てください。これがとってもイタリアなんです。

わたしは、この、木を×印に組んだ柵を見ると、ああ、イタリアだなあって気がするのです。イギリスでも、フランスでも、お目にかからない×印の柵。でも、イタリアのあちこちで見かけます。

世界遺産・タルキニア墳墓の内壁は、フレスコ画で飾られています。右の写真は壁に豹が描かれていることから、「豹の墓」と名づけられた墳墓で、紀元前7世紀頃のものです。

斜めになった天井には、市松模様、天井近くの壁には、向かい合った2匹の豹。そして、豹の下には、宴会を楽しむエルトリア人の姿が描かれています。

この墳墓を見て、ふと思ったのです。エジプト人もそうですが、エトルリア人は死者のために部屋を作り、それを壁画で飾った。現代のように、死者を土に埋めたり、焼いたりすることは、考えもつかなかったようです。

死生観の違い、と言ってしまえばそれまでですが、なんだか死者に対する優しさを感じるのです。考えてみれば、私たちの火葬って、死んだ人をもう一回焼き殺す(!?)みたいなものだし?

ただ、人間の体を土に還す、自然に還すという意味では、土葬が一番理にかなっているのかもしれません。人口増加で、それも少なくなっていますが。

五月の薫風(でも気温は30度!)のなか、そんなことを考えながら歩いたネクロポリの丘には、野の花が咲き乱れ、ヨーロピアン・グリーンリザード(緑色のトカゲ)が、チョロチョロと出てきては、道案内をしてくれました。


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2009年05月29日

タルキニア

わたしたちの旅は、たいてい、旅行者用のフラット(アパート)かコテッジを借りて滞在し、そこを拠点にして、レンタカーであちこち回る、というパターンがほとんどです。

でも、外国でレンタカーを借りることを考えると、ちょっとなあ……って、二の足を踏みませんか? そう、結構ストレスなんですよ、これが。

まず、前もってイギリスから予約はしておいたので、空港のカウンターで車とキーを受け取ります。でも、よくあるのは、予約していた車がそのときにないこと。

その場合は、別のランクの車を借りることになるのですが、今回は、フィアットのバリバリの新車!

「ブランドニューですからね!」と、カウンターのお姉さんににらまれて、つまり、「新車だからね、傷つけンじゃないよ!」を含んだにらみでありまして。ひゃあ、プレッシャー! 

日本って、オートマチック車がほとんどでしょう? ところがヨーロッパでは、マニュアル車が主流なので、この新車もマニュアルです。

車は慣れない左ハンドルだし、走行も慣れない右側だし。空港から目的地へはどう行く? 高速は? 料金は? イタリア語の自動支払機はどう使う?

考えただけで、キィーッ!と血圧が上がりそう!
と、わたしのまわりのイギリス人は、外国での運転を嫌がる人が多いのです。

でも、うちのワンコオヤジは案外と平気。チキンハートのくせに、こういうストレスには強いのは、ひたすら旅が好きなせいかもしれません。

私たちは小さな車を予約したのに、上のランクの大きい車を振り当てられ、おかげでトホホなことになろうとは!

タルキニア私たちが滞在したタルキニアは、ローマから北西に約50km、市壁で囲まれた古い町です。この町には、右の写真のような高い塔がいくつかあって、トスカーナのサンジミアーノを思い出させます。広場も通りも、すべて石畳です。

タルキニアこういった歴史を感じさせる古い町は素敵なんですが、なにしろ、道が狭い! 右の写真のような通りばかりで、しかも、複雑に入り組んで、しかも一方通行!しかも、歩行者はいるし、もちろん他の車も通るし。

こんな町には小さい車が一番なのに、新車の大きめのフィアットを、こすらないよう運転するのは、父ちゃん、なかなか神経を使ったことと思います。お疲れさま〜。

三輪自動車さて、右の写真見てください。町のあちこちで出会ったこの車、可愛らしい小型の三輪自動車です。日本の軽トラよりもっと小さいです。

この三輪自動車、タルキニアだけでなく、トスカーナの田舎でもよく見かけました。主に、農家の人が使っていたような……?

これなら、小回りがきくし、道が狭くても大丈夫。こういった古い町には、ちゃーんと、それにピッタンコの車があるんですねえ。


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2009年05月28日

ローマの松

きのうのオリーブ畑、見ていただけましたか?
空からオリーブ畑をながめているうちに、わたしたちの乗った飛行機は、ローマの南西にあるフィウミチーノ空港(レオナルド・ダ・ヴィンチ空港)に近づいていきました。

するとこんどは、景色が変わって、あれが見えてきたのです。
ローマといえば、あれ! そう、「ローマの松」です。 レスピーギの交響詩で有名ですよね。

pine-01.jpgこの松、傘を広げた形に似ているので、和名は「カラカサ松」、英語では「アンブレラ・パイン」と呼ばれています。右の写真の松は、オスティア・アンティカという古代ローマ遺跡の松です。ほら、ね? 傘を広げた形でしょう?

樹形に特徴があるので、遠くからでも、すぐにわかります。機上から、このカラカサ松の並木道が見えました。丸い形がモコモコと連なっています。そして、この松が集まった森も見えました。

かなり大きくなる木で、樹高はどれくらいなのかなあ。上の写真で、道を歩いている人とくらべると、10mくらいはありそうです。だから、松ぼっくりも、ジャンボ級!

pine-03.jpg右の写真は、木の下に落ちていた松ぼっくりです。ははは、拾ってきちゃった。となりのティーカップは、普通サイズのカップです。くらべてみてください。松ぼっくり、めちゃデッカイ!

さてさて、このオスティア・アンティカという遺跡、ポンペイのような古代遺跡なんですが、ポンペイのように火山の噴火でやられたのではなくて、川の砂に埋まって滅びてしまった町なのです。

だから、ポンペイに比べると、建造物がよく残っています。特に印象的なのは、公衆浴場。紀元2世紀のそれは、日本のお風呂屋さんとはぜんぜん別物の、巨大な建造物です。

bath.jpg浴場の中にジムがあって、右の写真は、そのジムの床です。海神ネプチューンや海獣がモザイクで描かれています。

お風呂が大好きだった古代ローマ人、お風呂大好き日本人のわたしとしては、とっても近親感を感じます。 



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2009年05月27日

イタリア上空

イタリアから帰ってきて、旅の疲れで、先週はちょいとバテてました。でも今週から、back to normal です。

日本からだと、イタリアは遠いのですが、ヨーロッパ圏内だと近いです。だって、ロンドンからローマまでのフライト時間は、わずか2時間!

今回も、フライトは、庶民御用達エアライン、全席自由席のEasyjet を利用しました。往復の航空料金二人分が、約25、000円でした。

めっちゃ安いでしょう? どーしてこんなに安いの? 
それには、ちゃーんと理由があります。詳しく知りたいお方は、わたしのイージージェット初搭乗体験記をどうぞ!

↓ ↓ ↓   
http://english-life-essay.seesaa.net/article/111489988.html

今回は8年ぶり、3度目のローマでした。飛行機が高度を下げてくると、ああ、イタリアに来た!、と実感する、なつかしいものが見えてきました。

olive-02.jpg右の写真、何だと思います? まるで大地のなかに、ポコン、ポコンとお団子を並べたみたい。

これは実際に上空から撮った写真ではなくて、小高い丘の上から撮ったものなので、ちょっとわかりにくいですが、空から見ると、オリーブの木が、碁盤の目の中にきちんと並べたように植えられているのが、わかります。

olive-01.jpgそして、オリーブの葉は裏が白いので、全体的にちょっと白っぽく、くすんで見えるのです。右の写真で、手前の雑木の緑色と、オリーブの木の色をくらべてみてください。ほら、こんなに違うでしょう? だから、遠くからでも見分けがつくのです。

どうも、オリーブというものは、こんな具合に、碁盤の目のように植えるものらしくて、スペインでも、ギリシャでも、飛行機から、きちんと並んだオリーブ畑が識別できます。

さて、さらにローマに近づくと、おお、これぞまさしくローマ!!!
というものが、見えてきます。

あ、コロセウムじゃないよ。もっと、手前、手前。
さあ、何でしょう? 

それは、明日のレポートをお楽しみに〜!



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