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2010年06月30日

事実婚

先日、テレビでウィンブルドンのテニスを観戦してたら、うちの父ちゃんが帰ってきました。

「ニュース、ニュース!」というので、何事かと思ったら、うちの隣の、その隣のおっちゃんのギャリーが出て行った、と。

ええーっ、ちょっと待ってよォ!  
ギャリーが出て行くと、うちも困るんですっ! 
勝手に出ていかないでちょーだいよ、ったく。

出て行ったというのは、つまり、奥さんと別れたってことなんですが、あ、えーと、奥さんじゃなくて、ガールフレンドか? 

子供3人いるけど、たしか結婚はしてなかったっけ? えーと、上の子供は奥さんの連れ子で、下のふたりがギャリーの子? いや、末っ子だけがギャリーの子?

離婚も再婚も多いイギリスでは、こういうややこしい家庭が多くて、ついうっかり「あらあ、お父さん似ですね〜」なんて、言えないです。危ない、危ない。

そしてまた、イギリスでは、結婚せずに同棲して、家を買い、子供を作るカップルがワンサカいて、まあ、事実婚というか、結構普通のことです。だから、生まれてくる子供の43%が婚外子だそうで。

ま、それはともかく。ギャリーが出て行ってなぜうちが困るかというと、彼はわが家にとっては、とても頼もしい「便利屋さん」だったのです。

大工さんなので、うちの横のゲイトを作ってくれたし、フェンスが壊れたときも、チャッチャッと治してくれて、仕事が丁寧で、しかも早い!

普通、こういう仕事は、一家のお父さんがDIY(日曜大工)でやるのですが、うちのお父さんときたら、まあ、おっそろしく不器用で、どうしょうもない。

だから、つくづく思いますよ、イギリスで暮らすなら、伴侶は絶対にDIYのできる人! (完全に選択を誤ったわい)

だって、イギリスの職人さんを頼んでも、約束の日に来てくれなかったりで、あてにならないことが多いのです。だから、自分でやったほうが絶対早いし、イライラしなくてすむから精神衛生上もよろしいのです。

お〜い、ギャリー、戻ってきておくれよ〜。
冷蔵庫の上の戸棚を動かさないと、新しい冷蔵庫が入らないのよ〜ぅ!


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2010年06月25日

ウインブルドン 2010 (2)

きのうは、33年ぶりにエリザベス女王が、夫君のフィリップ殿下とともに、ウインブルドンにおいでになり、センターコートのロイヤルボックスでアンディ・マレーの試合を観戦なさいました。

地元英国の優勝の期待をどお〜んと背負うマレーは、18本のサービスエースを叩きつけて、ヤンコ・ニエミネン(フィンランド)にストレート勝ち。順調に3回戦進出となりました。

さてさて、御前試合が終わると、次は、例の記録破りの最長試合、イズナー(米国)対マウー(フランス)戦が待ってます。

センターコートで解説していたジョン・マッケンローも、この18番コートに駆けつけて、観戦です。もちろん、18番コートが大観衆であふれたのも、前代未聞のこと。

23日に、第5セットを7時間戦って決着がつかず、日没順延となって、きのうの午後、ゲームカウント59オールで再開されました。

テニスの男子シングルスフルセットは、どの競技よりも過酷だと聞きます。一夜明けたとはいえ、両選手とも、疲労困憊でしょう。だから、あまり動かない。いや、動けない。

イズナーがサービスで、パン、パン、パンと1点先取すると、今度は交代して、マウーがサービスで得点して同点になる。その繰り返し。ラリーはほとんど続かず、サービスキープで進行しました。

結局、70−68で、イズナーが歴史的勝利をおさめたとき、3日間トータルしての試合時間は、11時間5分を記録しました。サービスエースは、イズナーが112本で、マウーが103本。

この長丁場を闘った両選手の、そのスタミナといい、精神力といい、まさに超人的。素晴らしかったです。

試合終了後には、新記録を樹立した二人に記念品が贈られました。そして審判のモハメド・ラヒャーニさん、観衆からの盛大な拍手に応える笑顔が、素敵でした。

23日の7時間の試合についての、ラヒャーニさんのコメントが良かったね。

「水曜日はちょっと声が枯れたけど、きょうはたくさん水分を補給したので大丈夫。私はエコノミークラスで旅をするので、7時間もコートでじっと座ってるなんて、どってことないですよ」


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2010年06月24日

ウインブルドン 2010 (1)

21日の月曜日から、ウィンブルドンのテニストーナメントが始まりました。でもねえ、やっぱり応援する贔屓の選手がいないと、イマイチ燃えないもんですなァ。

杉山愛ちゃんは引退しちゃったし、錦織、伊達選手も敗退したし。全英No.1だったティム・ヘンマンは、引退して背広姿で解説しているけど、やっぱりコートで見るのとはなあ……

あら〜ん? ティムさま、ちょいとお太りになった? お顔が心なしか丸くなったような……。ま、まさかの中年太り突入じゃないでしょうね?

な〜んてことを思いながら、きのうの午後、テレビをつけたまま用事をしていました。ふと画面をみると、33-34 という、とんでもないスコアが出ている!

なんじゃ、こりゃ、と驚きつつも、まあ、あんまり名前を聞いたことのない選手同士の試合なので、庭のテーブルで夕食をとることにしました。

夕食が終わって、テレビをつけると、ま〜だ試合をやっている。とうとう、テレビの前から離れられなくなって、本腰を入れて見てしまいましたが、これが、どえらいことになりました。

きのうの午後2時ごろから始まった、男子シングルス、世界ランキング19位のジョン・イズナー(米)対、ランキング148位のニコラ・マウー(仏)戦の第5セット。

7時間を経過した9時過ぎに、日没でボールが見えにくいという理由で中断されました。スコアはなんと、59-59! アンビリーバボー!

この第5セットだけで、テニスの史上最長試合時間記録を塗り替えてしまった! これまでの最長記録は、2004年の全仏オープンでの6時間35分。

イズナー対マウー戦は、22日に始まって、両者が2セットを取ったところで、日没となり、第5セットが23日に持ち越しとなりました。だから、トータルで10時間になります。

さらに、サービスエースの数でも、最高記録を樹立。過去の最高記録は、2009年のデビスカップでイヴォ・カルロビッチの78本でしたが、今回の試合ではアイズナー98本、マウー95本。

試合が長引くにつれて、審判の声は枯れるわ、スコアボードは壊れるわ。いやはや、10時間の闘いで、まだ決着はついていません。

ゆうべの試合の最後は、観客総立ちで拍手の嵐です。BBCの記者は、「二人のグラディエイターの死闘を称えるスタンディングオベーション」と報じていました。

さて、3日に渡る史上最長試合、結果はどうなることやら。
今日の夕方は、またテレビの前にへばりつくことになりそうです。


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2010年06月18日

ヨークのグラディエイター (2)

イギリス中部の都市ヨーク、その建設工事現場から発掘された人骨を調査すると、それがローマ帝国時代のグラディエイターのものだという証拠が、ザクザクと出てきました。

骨に残る痛ましい数々の傷跡。それは、剣による鋭い裂傷であったり、猛獣の歯型であったり。

そして、頭蓋骨にあいた大きな穴。これは、ハンマーで殴られて破損した傷です。致命傷で助からない者を、その苦しみから救う「慈悲の一撃」。それが、ハンマーで頭を打って撲殺するという方法でした。

おっと、「ハンマー」といっても、普通の金槌を想像しないでくださいよ。いわゆる「スレッジハンマー」という、柄の長さ1メートル、槌の直径が10センチ近くありそうな、どでかいヤツです。

格闘の種類によって最後の瞬間も様々ですが、グラディエイター同士の闘いでは、勝者が敗者の首を切り落とすのが普通でした。だから、頭と胴体が離れている人骨も多く見られました。

また、左右の腕の大きさが違う人骨、これが何を物語るかというと、トレーニングの結果です。今でも、テニスの選手など、幼少期から訓練を受けると、ラケットを持つ腕が大きくなるそうです。

ということは、そう、グラディエイターの養成所があったのです。奴隷の子供などは、養成所に売られて、訓練を受けたので、剣を持つ利き腕の骨が発達して大きくなりました。

それにしても驚くのは、現代の鑑識技術の素晴らしさ! 歯のエナメル質のミネラルを調べると、その出身地がだいたいわかるそうです。

ヨークのアリーナで絶命したグラディエイターたちは、イタリア各地、そして北アフリカからリクルートされた人々でした。

これはローマ帝国に限ったことではないのだけれど……、
人の死を娯楽として楽しんだ時代があったことを思うと、なんともやりきれない気持ちになります。


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2010年06月17日

ヨークのグラディエイター (1)

ヨークで発掘された遺跡が、古代ローマ帝国時代の、グラディエイター(剣闘士)の墓地だったことがわかった、というニュースは、先週すでにお伝えしました。

今週の月曜日に、テレビでそのドキュメンタリー番組があったので、おっ、待ってました! とばかりに見たのは良いけれど……

再現VTRがね〜、まあ、あったりまえといえばあったりまえなんだけど、血なまぐさいバイオレンスなんですよぉ……。

わたし、ローマ帝国には興味あるけど、ダメ、ダメ、ダメ。
ダメなんですよ、バイオレンスとホラーは。すっごい苦手。

だから、グラディエイターの格闘シーンになると、見ているふりをしながら、目線をテレビの下に落として、床なんか見てました。

で、その遺跡ですが、発掘されたとき、人骨79体の調査に当たったヨーク考古学トラストでは、その多くが首を切られていることから、カラカラ帝が軍事弾圧した反乱軍の兵士が埋葬されていると、考えたそうです。

ところが!
兵士どころか、ローマ遺跡の世界的発見であることを物語る、グラディエイターの驚くほど雄弁な証拠が、ぞくぞくと出てきたのです。

その一つが、肩の骨にあいた奇妙な丸い穴。
それは、ライオンか、トラか、クマか、そういった動物の牙の穿孔とピッタリ合致する。つまり、人骨のいくつかに、大型肉食獣の歯形がついていたのです!

2千年前のイギリスのヨーク市で、市民がパブの帰りにライオンに襲われた、なんてこたァ、まずありえない。となると、これは……そう、アリーナ(円形闘技場)で、猛獣と戦ったグラディエイターだ。

そして、いくつかの頭蓋骨には、ポッカリとあいた大きな穴……
これはいったい、何を意味するのか……?

この続きは、次回をお楽しみに〜!


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2010年06月16日

ヨーロッパ人と英語

先週、ドイツ系のアングロサクソンとフランス系のノルマンが、人種的にも、文化的にもミックスして、現代のイギリス人や英語が出来上がった、というお話をしました。

だから、英語ってのは、ドイツ語とフランス語のチャンポンなんです。たとえば、オックス(牛)やシープ(羊)の語源がドイツ語であるのに対して、その肉であるビーフやマトンはフランス語から来ている。

ブック(本)、アップル(りんご)、グラース(ガラス)などがドイツ系で、テーブル、チェア、ペーパーなどはフランス系。

だから、ドイツ人や、ラテン語を起源とするロマンス語系のフランス人、スペイン人、イタリア人などにとって、英語は、わたしたち日本人が学ぶより、ず〜っとやさしいのです。

だって、彼らにとっては、習わなくても理解できる単語がいっぱいあるんだもの。そういえば、ドイツ人の学生が上から目線で言ってたっけ。「英語なんてチョロイもんサ。文法だって、ドイツ語よりずっと簡単だし」

キィーッ!
その簡単な英語で、わたしたち日本人は苦労してンですっ!
ぐやじ〜! じゃあ、アンタ日本語しゃべってみなよ。

イギリスの英語学校で、ヨーロッパ人の学生と一緒に英語を学ぶと、彼らの上達の速さにビックリします。それに、まあ、よくしゃべるし。

日本人はたいてい、あまりしゃべれないので、クラスでの討論にも参加できず、成績もいまいち。それで落ち込む留学生が多いのですが、な〜に、これで彼らがなぜ英語ができるか、わかったでしょう?

英語をマスターすることを富士登山にたとえれば、わたしたち日本人はエッチラオッチラ、ふもとから一歩一歩登って、彼らはいきなり6合目ぐらいから登ってるようなもんです。

だから、ヨーロッパ人が英語ができて、あたりまえ。
だから、自分と彼らの英語を比べて嘆いたり、劣等感を持つのは、およしなさいな。


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2010年06月12日

アングロサクソン

前々回、イギリスを表すブリテンという名前は、古代ローマ人がこの島のことを「ブリタニア」と呼んだことに由来する、というお話をしました。

じゃあ、イングランドは、どうよ? ブリテンとは全く違う「イングランド」という名前は、どっから来たの?

と、うちの父ちゃんに聞くと、それは、アングロサクソンが付けた名前なんだと教えてくれました。

ローマ帝国がブリタニアを征服して、その支配がおよそ400年続くのですが、5世紀になって、西ローマ帝国が衰退、滅亡すると、ローマ人はブリタニアを棄てて、国へ帰ってしまいます。

そこへ侵入してきたのが、ゲルマン民族のアングロサクソン人(アングル人、サクソン人、ジュート人などの総称)。このうちで、アングル人が最も多数で勢力も強かったため、この地を「アングル人の国」と呼びました。

だから、古英語では「アングル人の国」がEnglaland 、そして「アングル人の言葉」がEngliscで、これが現在のイングランド、イングリッシュの語源になっているのだそうです。

このあと、11世紀になって、こんどはフランスからノルマン人がやって来て、イングランドを征服します。

これによって、アングロサクソンとノルマンが、人種的にも、文化的にもミックスして、現代のイギリス人や英語が出来上がった、というわけ。

現在でも、イギリス人のことをアングロサクソンと言うけれど、厳密にはノルマンの血も混じっているので、血統的な関係よりはむしろ、「英語を公用語とする白人」の意味で使われるようです。


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2010年06月11日

ゲール語

カーディフ何年か前に、イギリスのウェールズ地方を、車で旅行したんですが、イングランドからウェールズに入ったとたん、道路標識が2ヶ国語になりました。

右の写真は、ウェールズの首都カーディフの道路標識ですが、上が英語で、下がウェールズ語です。英語のCARDIFF(カーディフ)は、ウェールズ語ではCAERDYDD(こんなの、発音できな〜い!)。 あ、でもこれ、方言じゃないんですよ。まったく別の言語です。

徐行そして、路上にもありました。下り坂の先にカーブのある道路に、SLOW と ARAF の2文字。英語の「SLOW(徐行)」を意味するウェールズ語が 「ARAF」です。

この単語は、あちこちの路上でよく見かけたし、短いので覚えるのも簡単。なので、わたしの知っている、たった一つのウェールズ語となりました。

それにしても、どうしておなじ国で2つの言語? じつはその原因が、ローマ帝国らしいです。ローマ人がイギリスにやって来て、先住民族のケルト人を攻めたもんだから、ケルト人は西と北に逃げ延びた。

西に逃げた場所がウェールズ、北がスコットランド。だからこの二つの地方では、今でもゲーリック(ゲール語)という、ケルト人の言語が生きているのです。ウェールズでは、観光案内のパンフレットも2ヶ国語で書かれていました。

スコットランドに行くと、強い訛りの英語を耳にしますが、北部では今でもゲーリックが話されているそうです。

いやあ、それにしても、グラスゴーで道路工事のおっちゃんに道を聞いたときは、まいったなあ。そのスコットランド訛り、何を言っているのか、さ〜っぱりわかりまへん、の世界でした。


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2010年06月10日

ローマン・ブリテン

今週の、月曜日だったかな? 朝、ラジオを聞いていたら、興味深いニュースが流れていました。

ヨークで発掘された遺跡が、古代ローマ帝国時代の、グラディエイター(剣闘士)の墓地だったことがわかった、というのです。しかも、世界で一番、保存状態の良い墓地だとか。

日本にいた頃は、古代ローマ帝国なんて、そりゃ、歴史では習うけど、「はあ、そうでっかぁ」ぐらいの関心しかなくて、なにしろ遠い昔の、遠いお国のことなんで、ピンと来ないわけですよ。

ところが、イギリスには古代ローマの遺跡が、あちこちにあって、ああ、本当にローマ帝国はこのブリテン島にも侵略したんだなあ、と、実感するわけです。

だって、ブリテンという名前も、古代ローマ人がこの島のことを「ブリタニア」と呼んだことに由来するわけでしょ。

わたしの住んでいるケント州は、海を越えてやってきたローマ人の、いわば上陸基地だったので、ローマ時代の遺跡が、結構あります。

かのジュリアス・シーザーが紀元前54年に来たとき、ディールの海岸から上陸して、カンタベリーの近くで戦いました。

ディールもカンタベリーも、わが家から車で30分ぐらい。そして、その付近には、ローマ人が建設した港、要塞、灯台、城などの遺跡が散在しています。

ドーバーの近くに、ローマ時代の港だったハイズという町があります。そこから、カンタベリーに向かって、定規を当てて線を引いたような、ま〜っすぐな道が何十キロも続いています。

これが「ローマン・ロード」と呼ばれる、ローマ人によって作られた幹線道路です。もちろん、当時は石畳の道ですが、世界一の先進国であったローマ帝国の、土木測量技術の高さがしのばれます。

ローマン・ロードはイギリスのあちこちにあるので、もし、ドライブしていて、いやにまっすぐな道が延々と続くなあと思ったら、おそらくローマン・ロードだと思ってよさそうです。


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2010年06月03日

前世

わたしの知りあいに、サイキック(霊能者)のイギリス人がいましてネ。「じゃあ、わたしの前世、見える?」と、冗談半分で言ったら、見てくれたんですが。

彼はそれを商売にしてるわけじゃないし、サイキックといってもピンキリで、失礼ながら、どの程度の能力があるのかもわからないし。

で、まあ、おとぎ噺だと思って聞くしかないんですが、ちょっと面白かったので、お伝えしましょう。

霊視が始まると、「オレンジが見える……沢山のオレンジが見える」って言うんです。何じゃ、それは、と思いつつも黙って聞いてました。

時代はよくわからないけれど、黒い中国服を着て、三角の傘のような帽子を被った男性で、彫刻した黒っぽい家具がそろった、立派な家に住んでいる。

この黒っぽい家具とは、おそらく中国の紫檀家具のことでしょうね。
おー、じゃ、前世のわたしは中国人の男性で、裕福だったんだァ。
(それにひきかえ、現世は貧乏たれ……トホホ)

すると、また「ああ、オレンジがいっぱい」と言うのです。
「オレンジを荷車に積んで、市場に卸しに行くのが見える……」

わたしは青果商として、特にオレンジの売買で成功したのだそうな。ふ〜ん、オレンジねえ……。あれっ、ちょっと待って。

「オレンジ」は英語なのでピンと来なかったけど、日本語では「みかん」だと気づいて、ハッとしたのです。

じつはわたくし、家族の間では「みかん狂い」と呼ばれ、みかんが異常に、とんでもなく好きなんです。

子供の頃、みかんを食べ過ぎて、手が黄色くなって、母が黄疸じゃないかと心配して、お医者に駆け込んだこともありました。

今でも、わたしの好きな果物ランキングは、ダントツ1位が、温州みかん。2位がグレープフルーツ、3位が、八朔、伊予柑、夏みかん、バレンシアオレンジなど、オール柑橘類。

これはもしかしたら、前世のわたしの暮らしを支えてくれたみかんに、感謝の意味をこめて、今でもみかんが大好きなのかも。
そんな気持ちになるので、この前世の話、気に入ってます。

いやあ、作り話かもわからんぞ。って、そりゃ思いますよ。
でも、もしそうだとすれば、わたしがみかん狂いだってことを知らないで作ったんだから、ハイ、よくできました。
座布団3枚、やっとくれ!


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