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2009年12月28日

リバプール

いよいよあと数日で、今年も暮れようとしています。
今年はあなたにとって、どんな年でしたか?

わたしにとって、今年最高の感動イベントは、12月始めの小旅行です。うちの父ちゃんは、旅をするとき、必ず、わたしに何かサプライズを用意してくれるのです。

このときは、泊まる場所がサプライズで、「着いてのお楽しみ」ということで、どこに泊まるのか、まったく知らされていませんでした。

まだ夕方というのに、すでに真っ暗になって到着し、車を停めて、「ここだよ。リバプールのドックのホテルを予約したんだ」と言われたとき、わたしの目から、ぶわ〜っと涙が……。

というのも、つい数週間前、イギリスの作家ヘレン・フォレスターの自叙伝3巻を読んで号泣したばかりで、その感動がまだ色濃く残っていたからです。

あの、ヘレン・フォレスターが、毎日のように、幼い妹弟を連れてやって来たドック。ああ、ヘレンがいつも来たんだ、ここに。この場所に。

1930年代の大恐慌の時代。ヘレンが12歳のとき、父親が破産し、一家はリバプールに逃れて、極貧の中で、子供7人をかかえる大家族の暮らしが始まります。

長女であるヘレンは、6人のきょうだいの面倒を見るために、学校にも行かせてもらえません。

寒風吹きすさぶ中、近所のおばちゃんにもらったオンボロ乳母車に、末の弟を乗せて、4歳の妹の手をひいて、ヘレンはよく、ドックのあるピア・ヘッドに来たのです。

寒くて汚い、悪臭のする家にいるよりは、外に出たほうが、まだまし。一家には、石炭を買うお金がないので、暖房がない。掃除道具が買えないので、汚れっぽなし。石鹸が買えないので、体も洗えない。食べるものがなくて、栄養失調。

リバプールのスラム街での想像を絶する貧しさと苦悩を、赤裸々に、淡々と描き、そこに一片の自己憐憫もないことが大きく評価され、この本はベストセラーとなりました。

ドックは、今は建物自体は保存されていますが、博物館やホテルなどに利用されています。ヘレンの自叙伝に出てくる通りや建物も、今でも残っています。

リバプールはビートルズで有名な街ですが、今回はそっちは断念して、ヘレン・フォレスターの"Twopence to cross the Marsey(マージー川を渡る2ペンス)"を辿る旅となりました。

マージー川の向こうに祖母がいる。ヘレンが祖母に助けを求めて、あんなに渡りたかった川も、フェリーの料金2ペンスが払えないばっかりに、とうとう、越えることができなかった。

そのフェリーに乗って、マージー川も渡ってみました。冬というのにコートもなく、冷たい風の中で埠頭に立ち、自分が乗れないフェリーを見送るヘレンの姿が、脳裏から離れませんでした。
今年最高のサプライズを、そして感動を、父ちゃん、ありがとう!


さてさて、今回でもって、今年の最終回とさせていただきます。
この一年、おつきあいくださって、本当にありがとうございました。
来年もまた、よろしくお願いいたします。
どうぞ良いお年をお迎えください。


【ご案内】

ヘレン・フォレスターの自叙伝"Twopence to cross the Marsey"を英語で読んでみようと思われる方は、こちらから詳細をご覧ください。
↓ ↓ ↓   
http://oe-taeko.lis-net.co.jp/reading-03.html


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2009年12月25日

キリスト生誕

きょうはクリスマス。
ここ数年、わが家のクリスマスは、わたしたちがサポートしているクルド人のランジャと一緒に過ごします。

彼はクルディスタンからの難民だったけど、今はイギリスの市民権を獲得して、もうすぐ大学も卒業。なんだかねえ、育っていく息子を見るようで、母ちゃんはうれしいよ、うっ、うっ(涙)。

暖炉先日から、寒い日が続いているので、暖炉に火を入れています。
あったかいよ〜。どうぞ、わが家の暖炉にあたってくだされ〜。

で、突然でありますが、そもそも、クリスマスって何の日?
そんなの、決まってるじゃない。キリストが生まれた日。

と、子供の時から、数十年、頭の中にインプットされていた常識が、木っ端微塵に打ち砕かれた衝撃は、今でも忘れられません。

20年くらい前かなあ、当時、英語の先生だったうちの父ちゃんに、何気なく「クリスマスって、キリストの誕生日ですよね」と言ったら、

「いや、キリストがいつ生まれたかなんて、誰も知らないよ」
と、軽く言うではありませんか。

ええっ! じゃ、じゃあ、あの馬小屋のシーンは何だったの?
ただの伝説だったの?

The London Ritz book of Christmas (Jennie Reekie) という本によると、真相は、こういうことらしいです。

キリストがいつ生まれたのか、確かなことは不明で、今では、実際にはおそらく夏だったのではないかと、考えられているようです。

というのは、12月のパレスチナで、夜に羊飼いたちが羊の番をしているのは、普通ではないなどの理由から。

そして、4世紀に、ローマ法王ユリウス1世に、12月25日をその日にしてはどうかという提案がなされて、以来、その日がキリスト生誕の日となったようです。


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2009年12月24日

宗教

きょうは、クリスマスイブ。
イギリスのクリスマスは、日本のお正月といっしょなので、遠く離れている子供たちが、帰省します。

そして、子供や孫とともに、一家そろってクリスマスを迎えるのが、習慣です。だから、23日ごろから、イギリスの高速道路は帰省ラッシュで混み合います。

さて、そんなイギリスとくらべて、日本のクリスマスはもっとお気楽です。こんな話を聞きました。

お笑い芸人の今田耕司の実家は、お寺です。住職であるお父さんは、クリスマスが大好き。本堂には、大きなツリーがあって、毎年友達呼んで大パーティーをやったそうな。

お笑い芸人の狩野英孝の家は、神社です。神主であるお父さんは、クリスマスが大好き。お宮の鳥居には、イルミネーションがチッカチカ!

カトリックの教会を建てると、神主さんを呼んで、地鎮祭をしてもらう日本人の宗教観、西洋人は理解に苦しむところでしょう。

斉藤一人さんの「普通はつらいよ」というCDに、こんな話があります。日本の神様って、宗教戦争をしたことがない。インドから仏教が、中国から儒教が、そしてヨーロッパからキリスト教が入ってきました。

日本にはもともと、神道という宗教があります。たいがいの国では、よそから新しい宗教が入ってくると、もめたおして、殺し合いをするもんです。

なぜ日本の神様はよその神様とケンカしないのか、ってえと、日本の神様は「やおよろずの神」といいます。「やおよろず」とは、漢字で書けば「八百万」。

インドからお釈迦様というのが来ましたよ、というときに、今でも八百万いるんだから、あと一人ぐらい、ま、いっか。

ヨーロッパからキリストさんが来ましたよ、というときも、八百万いるんだもの、もう一人ぐらい、ま、いっか。

そうやって、ぜ〜んぶ受け入れちゃった、という話で、一人さんは笑わせていましたが、日本人は、「ま、ええがな、ええがな」と、懐が広いねえ。

日本っていいねえ。
平和が一番です。ずずずず〜(渋茶をすする音)。


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2009年12月23日

ヒュー・グラント

イギリスのテレビで、ちょいとイケメンの、ジョナサン・ロスというおっちゃんがやっているトーク番組があるんですが。

この番組、ほとんど見ないけど、たまに大物ゲストが出演するときは、見るようにしてます。ずっと前だけど、マドンナが出てたし、ジョージ・クルーニィなんかも。

で、先週は、あのヒュー・グラントさま! 映画でしか見られないこういったセレブたちが、テレビで普通にしゃべっているのを見ると、なんかチョビッと得をしたような気がする、チョビッとミーハーなわたくしであります。

久々にお顔を拝見すると、いやあ、さすがにちょいと老けましたなあ。まぶたに脂肪がついて、ちょっとふっくらして、まさしく中年おっさん顔。英国一のイケメン俳優も、今や49歳、寄る年波にゃ勝てませぬか。

とはいえ、彼の英語は美しいです。なにしろオックスフォード・イングリッシュでございますから。きれいな英語は、聴いていて解りやすいという利点も!

彼が出演した、「ブリジット・ジョーンズの日記」という映画に、ブリジット役のレネー・ゼルウィガーとのラブシーンがありました。

彼女のスカートをめくると、下着が、ベージュのでっかいおばさんパンツだったので、グラントが思わず「お母ちゃん!」と叫んで抱きつ爆笑シーン。

あのセリフ、ヒュー・グラントのアドリブなんですって。ロスが「前にそんな経験があったんじゃないの?」とからかうと、「まあね」と笑ってました。

なんだか、あの映画、もう一度見たくなってきたなあ。
そうだ、DVD借りて、クリスマスの週末に見よう〜っと!


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2009年12月19日

ホテルのサービス

前回、ホテルのタオルの話をしたんですが、ホテルが高級になればなるほど、タオルの数が増えるような気がします。

わたしが高級ホテルに泊まることは、めったにないのですが、いつぞや何の手違いか、ハイソなホテルにお泊りしたら、そのホテルのマークが織り込まれた純白のタオルが一人につき4枚も!

フェイスタオル、バスタオル、そして、バスタオルよりももう一回りデカいサイズのタオル。さらに、ミトンのような袋は、あかすりタオル?

高級ホテルはたしかに豪華だけれど、ホテルの豪華さとサービスとが比例するかというと、おっとどっこい、という例をひとつ。

ドゥブロヴニクに1週間滞在したとき、市の観光案内所が主催するボスニアへの日帰りツアーに参加したのです。

これは観光バス1台で、ドゥブロヴニクの主なホテルを回って、参加者を拾って行きます。出発時間が朝7時なので、わたしたちのアルゴシィ(3つ星ホテル)では、6時に食堂を開けてくれます。

ところが、お隣のプレジデント(4つ星ホテル)のお客は、全員が紙の箱を持ってバスに乗り込んできました。

箱の中身は、パン、チーズ、ジュースなどで、それが彼らの朝食です。食堂はまだ開いてないので、バスの中で食べるよう、ホテルが用意したものです。

わたしたちは、3つ星ホテルの食堂で、たっぷりとバイキングの朝食を摂ってきたけど、4つ星ホテルのお客は、バスの中でもそもそと……。

規模の小さいホテルのほうが、融通がきいて、家庭的なサービスができるんだよ。

なーんて言うかもしれないけど、いえいえ、アルゴシィだって規模的には大きなホテルです。結局あれですかねえ、マネジャーの手腕ていうか、経営方針?


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2009年12月17日

ホテルのエコ

9月末から10月にかけて、クロアチアのドゥブロヴニクに旅行した話を以前、このコーナーでお話しました。

あのときに滞在したホテルの、バスルームの洗面台に、プラスチックのカードが置いてありました。それには、こんなことが英語で書かれていたのです。(要約)

「地球および我が国の美観を守るために、当ホテルでは環境保護について多大な関心を寄せています。

つきましては、水、洗剤、エネルギーの消費量を削減するために、タオルの洗濯について、ご協力をお願いいたします。

もし、新しいタオルが必要な場合は、使ったタオルをシャワーかお風呂のそばに置いてください。タオルを続けてお使いになる場合は、タオルホルダーに掛けておいてください。」

これはどういうことかと言いますとですネ、こういうリゾートホテルでは、お客はたいてい、1〜2週間続けて滞在します。

そこで、自分の使ったタオルを毎日取り替えなくても良い、という人はタオルホルダーに掛けておけば、「このタオルを今日も続けて使います」という意思表示になるので、メイドさんは新しいタオルを補給しなくてすむのです。

これ、どう思われます?
潔癖症の方には無理かもしれませんが、わたしはぜんぜんOKです。

ただ、次の日に湿ったタオルを使うのは嫌なので、わたしはいつも、使ったバスタオルは椅子の上に広げておきます。

すると、ヨーロッパは空気が乾燥しているので、あくる朝には、乾いています。だいたい、3日に1回ぐらいの割合で換えてもらいます。

イギリスでは、ずいぶん前、まだエコという言葉が一般に浸透していなかったころから、こういうシステムを導入しているホテルやB&Bがありました。

日本でも、このようなホテルがあるそうですが、これからもっと増えてくれるといいなあ。


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2009年12月16日

作務衣

12月も早や半ば。
うわあ、来週はもう、クリスマスやん! あせあせ……。

でも、うちは家族も少ないので、まだまだ楽なほうです。友達なんか、親戚縁者へのクリスマスプレゼント、33個買わなきゃいけない、って言ってますから。

先日、隣町に住む日本人女性のNちゃんから、「伯父さんへのプレゼントに、日本の作務衣を作りたいんだけど……」という電話がかかってきました。

ほほほ、こういうこともあろうかと、妙子姉さんは、「簡単和裁」な〜んて本を日本から持って来ていたのでございますよ。

これには、ミシンで仕立てるウールの和服、ゆかた、作務衣、ハッピ、ちゃんちゃんこなどの作り方が載っていて、10年以上、本棚の隅でホコリをかぶっていたけど、やっと日の目をみるときが来たぜぃ!

西洋人の作務衣って、なかなか良いもんでございますよ。ほら、リチャード・ギアなんか、めちゃめちゃ似合いそうでしょう? 

わが町にも、空手道場があるので、時々、青い目の金髪ボーイが空手衣を着ているのを見かけますが、そんなに違和感ないです。むしろ、カッチョいい。

Nちゃんが紺の綿布を買ってきて、わたしが手伝いながら、作務衣作りが始まりました。

「ここにしつけをかけて。あ〜、でも、しつけ糸がないか……」
と、わたしが日本のしつけ糸を思い出しながら言うと、Nちゃんは、

「しつけ糸なんか、いらないよ」
「なんで?」
「だって、ミシン糸がブチブチ切れるんだもん。ミシン糸がしつけ糸だよ」

ぶわ〜っはっは! 思わず噴き出しちゃった。
たしかに! 言えてる! イギリスのミシン糸って、縫ってる最中に突然切れたりするんだよねえ。

「ミシン糸がしつけ糸」
ミシン糸の品質を表す名言であります。
あーあ、日本の強くて美しいミシン糸が、なつかしい、うらやましい……。


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2009年12月11日

キルト (2)

先週、ここでキルトのお話をして、「来るかな?」と思っていたけど、やっぱり来ましたね、例の質問が。

「キルトの中はどうなっているの?」
という質問を、数人の読者さんからいただきました。

キルトの下に下着のパンツをはかないのが伝統です。でも、うちの父ちゃんはパンツはきますけどね。生粋のスコットランド人じゃなければ、今はパンツはくんじゃないでしょうかねえ。

だけど、キルトの下がスッポンポンて、そんなに不思議なことじゃないと思うんですよ。

だって、キルトの歴史が16世紀末に遡る(Wikipedia)となると、日本じゃ安土桃山時代? そのころ、日本人だってノーパンでしょう?

男性の越中褌だって、江戸時代でも皆が皆、つけていたわけでもなさそうだし。女性のズロースが入ってきたのが、明治時代でしょう。

今でも、花柳界や日本舞踊をやる人は、下着をつけないらしいし、柔道、剣道、空手などの道場では、下着をつけない所が多いと聞きましたが。

というわけで、パンツをはくようになったのが、人類が歴史の中では比較的最近のことだ、ということなんじゃないかなあ。

だから古い民族衣装であるキルトの下がスッポンポンて、まあ、当然かな? というのが、わたしの個人的な考えです。

ちなみに、キルトのタータンが氏族によって違うというのは、18世紀の織物業者が考えついたアイデアだそうです。それまでは、単純なチェック柄だったとか。普段用キルト

前回、正装用のキルトを見ていただいたので、今回は普段の昼間用のキルトをご紹介しましょう。先日のイタリア語のレッスンには、この格好でお出かけでした。

クラスの女生徒に大モテだった、な〜んて言うてたけど、女生徒って、アンタ、全員おばちゃん&ばあちゃんやん!


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2009年12月04日

キルト (1)

11月30日は、St Andrew’s Day (聖アンドリューの日)でした。これは、スコットランドの守護聖人聖アンドリューを称えて祝う日です。

といっても、こちらイングランドでは「聖アンドリューの日? 何それ?」てな感じなんですが。

うちのワンコオヤジはスコットランド生まれなので、毎年、この日にスカート、お〜っと違った、キルトを着ます。

(スコットランドの民族衣装のキルトのことを、スコットランド人の前で「スカート」などと言おうものなら、たちまち「違う!」と厳しいツッコミが入りますので、注意してください。)

ワンコオヤジの場合、それを着るのは郷土愛というよりは、な〜に、注目を浴びたいだけだと思うけど、キルト姿でいそいそと、イタリア語のレッスンに行きましたわ。

でも、その前に必ずやってもらうの。キルト着てクルッと回る。
あれは前から見ると、ただの巻きスカートですが、後ろにたっぷりプリーツが入っているので、結構広がります。

「やって、やって、キャー、かわゆい!」とはやし立てると、すぐ調子こいて、くるくるくるくる……。(← バカ夫婦)

正装用キルトタータンは赤のロイヤル・スチュアートです。右の写真は結婚式のときのもので、黒いジャケットに蝶ネクタイは正装用です。

このキルトの生地は、厚さが2〜3ミリありそうなしっかりしたウールだし、たっぷりプリーツが入っているので、結構重いんです。

もともとキルトは、タータンを織り上げた1枚の大きなウール地でした。インドのサリーのように、1枚の長い布を体に巻きつけて着用したようです。

だから、ポケットがない。ゆえに、「スポラン(財布、小袋という意味のゲール語)」という名のポシェットを、お腹のところにぶらさげます。これは、キルトがめくれあがらないように押さえておくという役目もあります。

この写真のスポランは、本当はNGです。というのは、このような革製のものは普段の昼間用なんです。

正装用には、毛皮を使用したものを使うべきなんですが、ま、スコットランド人にとっては外国のイングランドだから、許してもらいましょ。


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2009年12月03日

内藤VS亀田戦

先週の日曜日は、気になって、気になって。
何がって、内藤VS亀田戦ですよ、もちろん。

11月29日は、姉の誕生日だったので、日本におめでとうコールをして、ついでにっていうか、じつはボクシングの実況中継の様子を聞くのがメイン(姉よ、ス、スマン!)でした。

なのに、あーあ、ダメダメ、女同士のおしゃべりは。つい他のことで長話をしてしまって、受話器を置いて、あわててネットで速報を見たときには、あちゃ〜、試合はもう終わってた!

写真を見て、ひゃあ、何これ!内藤選手の顔、ボッコボコやん!
どんだけパンチを食らったんや〜! と怖くなって、もう、ラウンドごとの詳細を読む気にもなれません。

このとき、気になったのが、内藤夫人の真弓さんのことです。3歳になる坊やの亮くんとスタンドから声援を送った奥さんは、試合を観ていて、どう思ったのだろうか。

「悔しすぎて涙も出ない」

これには、またもやビックリ。まだ試合内容を把握していなかったわたしは、てっきり、「お疲れ様、よく頑張ったね」みたいな、ねぎらいの言葉かと思っていたので。

あの、いつもポワ〜ンと優しくてあったかそうな真弓さんが、ボッコボコにされたばかりの夫の進退について、「主人次第。やるんだったら応援したい」と言っている。

夫婦の話し合いで、次に負けたら引退と、決めていたそうです。でも、それを覆すようなこの発言は、判定に納得がいかず、よっぽど悔しかったからでしょう。

それで次の日、試合内容をネットで検索したら、TBSの偏向中継批判も含めて、いや、出てくる出てくる。ある内藤ファンのボクシング・ブログは炎上寸前だし。

YouTubeでは「内藤VS亀田戦ヘッドバット特集」なんて動画があって、ふ〜ん、あの鼻はパンチよりもヘッドバットで受けたダメージなのか……?

負けるのは仕方ない。王者は、いつかは去るのが定め。
ただ、もしも内藤選手が今回で引退するとすれば、「あしたのジョー」のように、完全に燃え尽きたと納得できる悔いのない試合で、引退させてあげたかった。

試合前、ドリームジムの三浦利美会長のコメントにあった、
「おおげさにいえば、神の世界ですよ、30超えてから世界チャンピオンになるとは」

の言葉を贈って、内藤選手の激闘を称えたいと思います。
本当にお疲れさまでした。ゆっくり休んで体を癒してください。


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