スポンサードリンク

2009年10月30日

ボスニア・ヘルツェゴビナ(2)

モスタルの橋ボスニア南部のモスタルは、15世紀、オスマントルコの支配下で建造された町で、橋のある旧市街がユネスコの世界遺産に登録されています。

ボスニアという名前から思い出すのは、やっぱり、内戦のこと。第一次世界大戦後にユーゴスラビア王国領となったボスニア・ヘルツェゴビナが、1992年に独立を宣言すると、モスタルはユーゴスラビア連邦軍の攻撃を受けました。

銃撃を受けた建物このときの、すさまじい市街戦の様子が、今でも生々しく残っています。右の写真は、爆撃を受けて廃墟となった建物です。

壁のまだら模様、これ全部、銃弾の跡なんです。まさに「蜂の巣」とはこのこと! この跡を見ると、銃撃戦の恐怖が想像されて、ビビります。

旧市街の木造家屋橋の周辺の旧市街では、昔ながらの石畳の狭い通りに、土産物屋が並んでいます。その通りには木造家屋も残っていて、右の写真は、喫茶店です。地元のおっちゃんが、通りに面した縁側(?)のような床の上で、何やら熱心に読んでました。

えー、ヴァナキュラー・アーキテクチャー、略してヴァナアキ・おたくのわたくしといたしましては、これは、この地方の店舗建築だと思うんですよ。

おっちゃんの頭上にある、屋根のひさしのように見えるもの、これはひさしではありません。屋根はもっと高い位置にあるのです。となると、これは、折りたたみ式の板戸?

よく見ると、この喫茶店の隣の土産物屋も、屋根のひさしの下に、板戸があります。その隣の店も、そう。

あちこち観察して、な〜るほど、こういうことではなかろうか。つまり、これは店舗用のシャッター兼折りたたみ式屋台なんだ。

おっちゃんが座っている木の床も、じつは板戸で、敷居に蝶番で固定されている(たぶん)。そして、上の板戸も蝶番で鴨居に固定されている(たぶん)。

上と下の二つの板戸は、店を開けているときは、水平方向に観音開きに開いておく。土産物屋では、下の板戸の上に商品を並べて売ってました。

で、店を閉めるときは、上の板戸は下に下ろし、下の板戸は上に上げて、二つをかんぬきか何かで止めて、これが店のシャッターになる。

ま、これはヴァナアキ・おたくの勝手な推測ですが、当たらずといえども遠からず、のはず。だって、フランス中部の古い町で、これをもっと小規模にした店舗を見たことがあるから。

このからくりを検証したくて、うずうずしたけど、ああ、団体旅行の悲しさよ、時間がなくてできませんでした。

再びモスタルに行くことはないだろうけど、もしも、奇跡的にチャンスに恵まれたら、何は置いても、この店に飛んで行って調べなきゃ!

でないと、な〜んか、ジグソーパズルの最後の一片が、パチッとはまってない、って、そんな気分だよなあ……。


★ランキングに参加しています。
応援クリックしていただけると、うれしいです。
 ↓ ↓ ↓
海外生活ブログ


【イギリス生活よもやま話】のトップへ
| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月29日

ボスニア・ヘルツェゴビナ(1)

これまで、クロアチアの地図をまともに見たことがないので、知らなかったけど、ドゥブロヴニクって、飛び地なんですねえ。

ダルマチアの海岸線は、ほとんどクロアチアなんですが、ボスニア・ヘルツェゴビナの領土が回廊状態で海岸まで延びて、クロアチアを、ブチッと分断しているのです。

だから、ボスニアのモスタルに向かうわたしたちのバスは、海岸線を通ってボスニアに入国し、そこを抜けてまたクロアチアに入って、それから内陸部に向かって走り、再びボスニアに入国する、というややこしいルートでした。

でも、国境では、団体旅行のせいか、ガイドさんが書類を提出しただけでOK、パスポートを調べられることはありませんでした。チェッ、わたしゃ、パスポートにボスニア・ヘルツェゴビナのスタンプを押してほしかったんだけどな。

ボスニアに入ってまもなく、ポチテリャという村に寄りました。ここは、オスマン帝国時代に、トルコ人が来て住み着いた集落で、今でも当時のトルコ式建築がよく残されています。

そう、あたしゃ、こういう所が見たかったのよ〜! 何を隠そう(うん、別に隠してないけど)、わたしの旅の一番の楽しみは、ヴァナキュラー・アーキテクチャー(vernacular architecture)を見ることなんです。

ヴァナキュラー・アーキテクチャーというのは、「その土地特有の建築」です。主に民家に見られる建築様式なんですが、これがめっちゃ面白い。石造りなら、その地方で産出する石を使うし、森林のある地方なら、木骨建築。その木骨も、地方によって木の組み方が違う。

と、まあ、そんな感じで、ヴァナキュラー・アーキテクチャー・おたくとしては、どんなんかな〜とわくわくして、岩山にへばりつくようにして家々が建つポチテリャの村に入りました。

村には広い通りはなくて、狭い路地ばかりなんですが、それが石を敷き固めたものなので、歩きにくいのなんのって。

ポチテリャの村右の写真の中央に見える尖塔が、イスラム寺院のミナレットです。その右隣の家の窓には、ビザンチンの面影が残っています。建物はすべて石造り。で、その屋根なんですが……。

いやあ、こんな石板の瓦って、はじめて見た!
いや、石の瓦はフランスやスペインで見たことあるけど、こんなに大きなのは、はじめて。

石板で葺いた屋根四角形の石板、一辺が、見えている部分だけで、30〜40センチかな。厚さは5センチぐらい。それがうろこ状に並んでいる。

屋根全体をこんなに厚い石板で葺くとなると、相当重くなる。屋根下の垂木は木材だから、それにかかる重量って相当なものだろうけど……大丈夫? と、まったくよけいな心配をしたくなるほど、重そうな屋根なのです。

この、ポチテリャ村を後にして、モスタルに着いて、旧市街に行くと、ありました! 家々の屋根は、やっぱりおなじ厚い石板で葺いてある。

ということで、これは、ボスニアのこの地方のヴァナキュラー・アーキテクチャーと断定して、よさそうです。


★ランキングに参加しています。
応援クリックしていただけると、うれしいです。
 ↓ ↓ ↓
海外生活ブログ


【イギリス生活よもやま話】のトップへ
| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月23日

ドゥブロヴニク(6)

クロアチアを巡るパック旅行であれば、ドゥブロヴニクに滞在するのは、1〜2日だと思います。小さな町なので、観光はそれで十分です。なので、長期滞在者のための、近郊への日帰りツアーがたくさん出ています。

わたしたちも、二つのツアーに参加しました。一つはボスニア・ヘルツェゴビナへ。もう一つは、モンテニグロへ。日帰りのバスツアーで行ける距離なんだけど、どちらも外国なので、パスポート携帯です。
ダルマチア式海岸

上の写真は、ドゥブロヴニクから海岸線を北上して、ボスニア・ヘルツェゴビナへ向かう途中の、道路沿いの景色です。まるで、山の中の湖みたいでしょう? でも、海なんです、これは。海岸線と平行になった深い入り江なので、波もありません。

リアス式海岸は、溺れ谷が海岸線に対して垂直に伸びている。それに対して、溺れ谷が海岸線に対して平行に伸びているのを、ダルマチア式海岸というのだと、ガイドさんが教えてくれました。

上の写真の、対岸の山肌に見える白い線は、かつて塩田で栄えたストン(Ston)という町の、14世紀に建造された市壁です。万里の長城を思わせるこの壁は、オスマン帝国の来襲を阻止する北方拠点の砦として、重要な役割を果たしていました。

このダルマチア地方には、1000もの島があるといいます。次から次へと現れる、島と入り江。複雑に、連綿と連なるこの景色を見て、地中海交易時代のヴェネチア共和国の苦悩が、やっと実感できたような気がします。

なるほど。海賊どもが入り江や島陰に潜んで姿を隠し、航行する交易船を急襲するのに、こんなに都合のよい地形はないよなあ。そういえば、日本でも、瀬戸内海に村上水軍があったっけ。

じつは、ドゥブロヴニクに来る直前に、ヴェネチア史「海の都の物語」(塩野七生著)のそのさわりを、大急ぎで読みなおしたのです。ダルマチアの海賊退治が、地中海交易で生きていこうとするヴェネチア共和国の、最も重要な国家事業だった、と。

ヴェネチア史に魅せられたわたしとしては、ダルマチアの海をこの目で見ることができたことも、今回の旅の大きな収穫でした。


★ランキングに参加しています。
応援クリックしていただけると、うれしいです。
 ↓ ↓ ↓
海外生活ブログ


【イギリス生活よもやま話】のトップへ

2009年10月21日

ドゥブロヴニク(5)

ドゥブロヴニクでは、ホントは、旧市街の中にアパートを借りて、滞在する予定でした。ところが、日程の関係などでうまく空き部屋が見つからないので、仕方なく、旧市街からバスで15分くらい北西に行った、岬にあるホテルを予約しました。

わたしは、めんどくさいことはすべて父ちゃんに任せっぱなしなので、どんなホテルなのか、サイトを覗くこともしませんでした。

ところがこれが、なんと、大正解!ナ〜イス・チョイス! 
やるじゃん、父ちゃん。アンタ、ワイフのチョイスもいいけど(?)、ホテルのチョイスも冴えてるぞ〜。ええぞ、ええぞ〜。

そのホテルはアルゴシィ (Argosy Hotel) といって、アドリア海に突き出た静かな岬の、オリーブの森の中にあったのです。ドゥブロヴニクには、星が4つ、5つの高級リゾートホテルがたくさんあるのですが、そんな所に滞在する予算もないので、分相応な3つ星ホテルにしました。

部屋からのながめでも、このホテル、部屋もバスルームもたっぷりのスペースで、天井も高いし、大満足。バルコニーからは、入り江と、そこに浮かぶ島が見えます。そして、この島の左手には、アドリア海が開けています。

バイキング式の朝食は種類も豊富なので、それだけで十分なのに、カウンターの中にコックさんが二人いて、一人がベーコンやソーセージ担当、もう一人は卵料理。目の前でジュージューとベーコンが焼けるのを見ると、つい手が出てしまって、朝から、もりもりお肉を食べてしまった…。

プレジデントのプライベートビーチさらにゴキゲンなことに、このアルゴシィは、隣にある4つ星ホテル・プレジデントと同系列なので、アルゴシィの客はプレジデントのプライベートビーチが無料で使えるのです。(右上の写真がそのプライベートビーチです)

オリーブの木立の向こうにあるプレジデントに行くと、さすがは4つ星、アルゴシィとは格がちゃいます、格が。このホテルの入り口は断崖の上にあるのですが、下のビーチに降りるのに、なんとフェニキュラで!

うひょ〜、ホテルの中にフェニキュラがあるよ!と、田舎者丸出しの父ちゃんとわたしは大はしゃぎ。

3つ星ホテルに泊まって、4つ星ホテルの高級感が楽しめたのは、むふふ、一粒で二度おいしいアーモンドグリコ的快挙でありました。



★ランキングに参加しています。
応援クリックしていただけると、うれしいです。
 ↓ ↓ ↓
海外生活ブログ


【イギリス生活よもやま話】のトップへ
| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月16日

ドゥブロヴニク(4)

わたしにとって、ちょっと残念だったのは、ドゥブロヴニクって、ほとんどイタリアでした。クロアチアを見るには、もっと内陸部に行かないとダメなのかも。

だって、建物は、石造りに土管を縦に割ったようなローマ式の瓦、窓には深緑色の鎧戸。判で押したように皆いっしょ。

そして食べ物は、港町だけに、シーフード中心で、魚のスープ、イカや小魚の揚げ物、焼き物、リゾット、パスタなど、イタリアの地中海沿岸地方と、メニューはほとんどいっしょ。ピザ屋も沢山あるし。

もっとも、都市国家だった時代に、このダルマチア地方は、ヴェネチア共和国の支配を受けているので、ヴェネチアン・ゴシックの建物なんかも残っていて、その影響も大きいのでしょう。

海の幸が豊富な地中海でも、やっぱり、生で食べるのはカキぐらいのもので、生の魚はなかなか食べられない。

わたしはさんまの焼いたのや、うなぎの蒲焼も大好きだけど、何を隠そう、刺身が世界で一番おいしい魚の食べ方だと信じて疑わない人ですから、もう、普段イギリスで食べられない生魚が、食べたくて食べたくて、しょうがないわけです。

それで、旅行間際にネットで検索したら、ありました! 「魚のカルパッチョ」という料理が! カルパッチョは、生の牛ヒレ肉にオリーブオイルやソースをかけた料理ですが、その魚ヴァージョンですな。

おっーし! これを食べるぞ! と意気込んで、食い意地女はスーツケースに醤油をしのばせて、旅立ったのであります。

わたしたちの滞在したホテルから、歩いて30分のところに、Lapadの入り江があります。そこに散歩に行ったら、海岸にシーフードのレストランがあったので、メニューをのぞくと、おっ! あるじゃないの、カルパッチョが!

「アンコウのカルパッチョ」が載っていて、それが「季節限定」でも「時価」でもないことを確認。よーしよし、今夜のディナーはこれに決定!
Lapadの入り江

そして、夕方になって、また散歩がてらその入り江に行きました。上の写真がそのレストランです。入り江の対岸の灯は、立ち並ぶリゾートホテルです。

海のすぐそばにテーブルが並んでるけど、ここ、レストランの前の遊歩道なんで、食べてると、通行人がゾロゾロ通ったりします。ま、いいけどね。

アンコウのカルパッチョさて、注文したアンコウのカルパッチョが運ばれてきて、えーっ、ちょ、ちょっと待ってえ。カルパッチョって、こ、こんなん?!

わたしが想像していたお刺身とは、ちょっと違う……。切り身の厚さが1ミリぐらいしかない薄っぺら。それを広げて、皿いっぱいに並べてある。青ノリのようにふりかけてあるのは、ハーブのディル。

まず、マリネの味をみようと思って、醤油はかけずに、それだけで食べて見ました。

……。何の味もついてない。
ソースがついてないということは、マリネしてあるってことだろうけど、味がない。つまり、これは添えてあるレモンだけで食べろってことなのね?

そこで、おもむろに醤油を取り出す食い意地女。日本に帰ったときに、こんなこともあろうかと、100円ショップで買ったお魚さんの醤油入れ、むふふ、役立つときが来ましたぞ。

ほんの少しお醤油をかけて食べてみると、アッチャー、醤油ではキツイのだ。そっか、お刺身って、ある程度厚みがあるもんな。こんな紙のように薄い切り身では、醤油が勝ってしまう。

ったく、あんたネ、ふぐ刺しじゃあるまいし、アンコウをそんな薄作りにしてどうするよ。ていうか、アンコウは鍋に入れるとおいしいんだよね。

はっきり言って、この店のカルパッチョは不味かった。ちゃんとマリネしろよ。これを食べるなら、醤油じゃなくて、ポン酢かなあ。

あーあ、ガッカリ。わざわざ醤油を空輸したのに、どうしてくれる!
キィーッ! 金返せー! プンスカー!
(全部食べたけどね、うん)


★ランキングに参加しています。
応援クリックしていただけると、うれしいです。
 ↓ ↓ ↓
海外生活ブログ


【イギリス生活よもやま話】のトップへ
| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月15日

ドゥブロヴニク(3)

いやあ、それにしてもドゥブロヴニクは、ホントに観光だけで保っている町なんだなあ。

なぜって、レストランと貸し部屋の、まあ多いこと、多いこと!あなたが宿の予約なしに、いきなりドゥブロヴニクに到着しても、まず困ることはないです。

空港とかバス停とかに、民宿の客引きのおばさんたちが待機していて、「Sobe(部屋)ありますよ〜」と、声をかけてくるのです、英語で。

そして、レストランは、大きい通りはもちろんのこと、小さな路地でもテーブルがズラズラ〜ッと並んで、観光客は、テーブルとテーブルの間をお尻でこすりながら(?)歩きます。

だから、レストランでの食事など、観光地値段だそうですが、本当の物価はどうなんだろうかと、朝市の開かれている広場に行ってみました。

朝市赤と白のパラソルの下に、商品を置いた屋台がずらりと並んでました。売られているのは、野菜、果物、土産物、あとはラヴェンダーとかアロマオイルとか。

この町の土産物としては、乾燥いちじくとか、オレンジの皮を干して砂糖をまぶしたもの、などがあります。試食してみたけど、うーん……。

乾燥いちじくって、イギリスのスーパーでも売ってるからねえ、珍しくもなんともない。もっとも、カナリア諸島の、白い粉の吹いたミニサイズ(ラッキョみたいな大きさ)の乾燥いちじくは、うまかったぞ。

それよりも、果物屋さんに、おいしそうなぶどうと、メチャクチャでかいザクロがありました。このあたりはザクロの産地みたいで、あちこちに木があって、日本の夏みかんぐらいの大きさの赤いザクロが、どかん、どかんとなっているのです。

ぶどうも試食させてくれるので、試してみたら、甘くておいしい! で、マスカットのような大粒の黒いぶどうを1kgほどお願いすると、おばちゃんは大きな房を2つ取って、秤の上に乗せました。

果物屋さんのハカリ見てください、この、なんともレトロな秤! 右側のバケツみたいな容器にぶどうを入れて、左の皿の乗っているのが1kgのオモリ。

で、1kgのお値段が、10クーナ! なんと180円! 
ひゃ〜、どんだけ安いんや〜!



★ランキングに参加しています。
応援クリックしていただけると、うれしいです。
 ↓ ↓ ↓
海外生活ブログ


【イギリス生活よもやま話】のトップへ
| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月14日

ドゥブロヴニク(2)

クロアチアという国は、カタカナの「フ」の字を反転したような、奇妙な形をしています。上のまっすぐな部分が、内陸部、下の曲線の部分が、アドリア海に面した海岸地方。

で、ドゥブロヴニクは、海岸部の一番下というか、先っぽにある町で、もうちょっと南下するとモンテネグロとの国境になります。

9月末というのに、気温は30度くらいあって、でも、やっぱり空気が乾燥しているせいか、そんなに暑さは感じませんでした。

それでも、炎天下に町を歩くと、汗だくになるので、よくアイスクリームを買って、港のベンチで食べたっけ。

なぜ港に行くかというと、港の水が、それはそれはきれいで、魚がいっぱい見えるんです。ここからは、島巡りの船がたくさん出ているのに、ゴミや油なんか浮いてません。
ドゥブロヴニクのハーバー

上の写真が、市壁の上から撮った港です。右手に見えるのが市壁で、それがずっと港にもつながっています。

手前の白い四角いのは、パラソルです。市壁の下にシーフード・レストランがあって、そのテーブルの日よけのパラソル。パラソルって、普通は丸いもんだけど、うん、四角いパラソルの方が、並べるには都合がいいもんね。

港を散策していたら、水の中から、キラリと銀色に光るものが! おっ、なんだろうとのぞいてみると、魚でした。群れをなして泳いでいる魚が、ふと体をくねらせて、銀色の横腹を見せると、それに陽の光が反射して、光るのです。

もう、水族館みたいに、楽しくて。まあ、ここで見る魚はカラフルな熱帯魚とかじゃなくて、何種類かの地味〜ィな魚ですが、それでも見ていて飽きないのです。

ハーバーの魚そのうちのひとつが、この魚。体長は10cmくらいで小さいけど、何、その尻尾? グー・チョキ・パーのチョキやん。


★ランキングに参加しています。
応援クリックしていただけると、うれしいです。
 ↓ ↓ ↓
海外生活ブログ


【イギリス生活よもやま話】のトップへ
| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月09日

ドゥブロヴニク(1)

たっだいま〜!
ドゥブロヴニク1週間の旅から、帰ってきました。

世界遺産に登録されているのは、ドゥブロヴニクの旧市街で、周囲2km足らずの狭い地域なんですが、ドゥブロヴニクといえば、まずこの写真、定番中の定番ショットです。
ドゥブロヴニクの旧市街

絵葉書や観光ガイドに必ず使われているこの写真、最初は、空撮かな?と思ったのですが、ありました、郊外の山の中腹に展望台が。上の写真は、そこに登って撮ったものです。手前に見えるのが、ぐるりと街を取りかこむ市壁です。

市壁からのながめその市壁の上は、歩けるようになっていて、右の写真が市壁から見た町並みです。沖に浮かぶ島はロクロム島で、ここには野生の孔雀がいるそうです(行かなかったけど)。

ドゥブロヴニクは過去二回、破壊されています。一回目は1667年の大地震で。そして二回目は、1991年の内戦で。

この内戦で、クロアチアはユーゴスラビアから独立したのですが、この時のユーゴスラビア連邦軍の攻撃によって、町は壊滅的な被害を受けました。そのために、ユネスコの危機遺産リストに載せられました。

屋根瓦がオレンジ色でとても鮮やかですが、これは瓦が新しいから。長い年月を経て風化されると、この瓦の色は黄色がかった淡いピンクに変わります。

この街で、淡い色の瓦が残っている建物は、ほんのわずか、数えるほどしかありません。内戦でどれだけ激しい爆撃を受けたか、うかがい知ることができます。

内戦が終わって平和がもどると、街の再建が始まりました。古文書をもとに、同じ様式で、同じ建材で、すべてを元通りに修復、復元され、ドゥブロヴニクは再びその美しさを取り戻し、1998年、危機遺産から脱することができたのです。


★ランキングに参加しています。
応援クリックしていただけると、うれしいです。
 ↓ ↓ ↓
海外生活ブログ


【イギリス生活よもやま話】のトップへ
| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。